第189回/前期高齢者
口達者なお年寄りが、若い頃自分がどんなに凄かったか…と語る姿は、度々目にしてきました。
「今は衰えてしまったが、自分はもっと凄かったのだ」と言われても、私には当時のあなたを知る術がありません。
反論も同意も出来ない内容を語るこの人は、一体何が楽しいのだろう、と不思議に思いつつ、適当に相槌を打つだけの虚しい時間でした。
年齢的には逆の立場になりますが、若者が無理して自分を大人っぽく見せようとする姿にも、同様の不快感を感じます。
煙草やお酒の体験談は勿論、思春期に誰しもが通る大人へのハードルを、あたかも自分は全てクリアしているかのように語る姿は悲しい限りです。
私は、こんな時こそ、音楽や体育のような実技系科目の出番だと考えています。
ステージやリングに立たされた時、お客様には全てがさらけ出され、口先で「小さな自分を大きく見せること」に何の意味もなかったことが簡単に証明されるでしょう。
ところが先日、周囲にいる複数の知人から、「自分を大きく見せる発言をする時があるよ」…というご指摘を受けました。
こんなことを直接言ってくださる方は滅多にいませんので、驚きと共に有難さを感じました。
恥ずかしながら、自分が見てきた老人たちの領域に入ってきたことを実感し、大いに反省した次第です。
今月、私は名実共に「高齢者(前期デス、念の為)」となります。
楽しく年齢を重ねていくため、新札で話題の渋沢栄一(1840~1931)の名言で締めたいと思います。
「四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」
= 2026/03/05 杜哲也 =
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